みなさま、新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
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さて、1/8(日)に、毎年恒例の「新和環境新年会」を実施いたしました。
冒頭30分間、「所信表明演説」のようなことをするのですが、今日は、そのときに話したことを、一つ、ご紹介させていただこうと思います。
(つらい話題なんだけど、反響が大きくて・・・)
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みなさんは、近代の、我が国における
「40年周期説」
というものを、お聞きになったことがあるでしょうか?
どんなものかといいますと、
「近代の我が国は、"40年周期"で、"成長と衰退"、"絶頂と破滅"を繰り返している」
というもの。
ちょっと、具体的に、みましょう。
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みなさんも、アタマの中で、右から左に、「歴史年表」をイメージしてみてください。
スタートは、
「1868年、明治維新」
です。
明治維新は、言うまでもなく、1853年に、ペリーが、東京湾に軍艦(いわゆる黒船ね)を並べて、大砲をこっちに向けて、
「鎖国をやめて、開国しねぇと、大砲をぶっぱなすぞ」
と、やられたことから始まり、そういう、当時の、野蛮な、帝国主義時代という名の
「国際社会」
「グローバルスタンダード」
に対応するプロセスにおいて、
「こんなシステム(=徳川幕府)では、無事でいられない」
「このままでは、どこかの植民地になっちゃう」
という懸念から、すったもんだの末、アジアで始めての、
「西洋的近代国家体制」
をとる近代国家に変貌した、一種の「革命」のことを言います。
「戊辰戦争」という内戦、破壊を伴う革命だったわけですから、普通に考えて、明治維新の時点では、我が国は、
「どん底」
にあったわけです。
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その後、
「富国強兵」
の大号令のもと、我が国は、歴史上、奇跡的とも言える「大成長」を遂げます。
朝鮮半島に出ていったり、日清戦争に勝利したり、このあたりまでは、国際的にも、さほど、驚かれるものではなかったようです。
しかし、「大成長」の結果、国際的にみて、
「ありえないこと」
が起こります。
なんと、皇帝「ニコライ二世」に、「猿」と呼ばれていた我が国が、「帝政ロシア」に戦争をしかけて、勝ってしまう。
日露戦争の勝利です。
決め手になったのは、「日本海海戦(1905.5.27)」の勝利。
バルト海から、半年かけて、アフリカ喜望峰をまわって(=デカすぎて、スエズ運河を通れないものだからね)ロジェストウェンスキー率いる、帝政ロシアの
「バルチック艦隊」
を、福岡県と対馬の間の「対馬海峡」で待ちかまえた、東郷平八郎率いる、
「帝国海軍連合艦隊」
が、秋山真之考案の「丁字戦法」、「七段構えの戦法」などにより、撃滅させた海戦です。
まさに、このときが、我が国の大絶頂期。
つまり、1868年から、約40年かけて、大成長を遂げた結果、1905年に、我が国は、大絶頂期を迎えたわけです。
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日露戦争。
普通に、総括すれば、我が国が「実力」で勝てたわけではありません。
・日英同盟に基づいて、大英帝国が、帝政ロシアの「邪魔」をしてくれた。
・帝政ロシアで、革命的動きが始まっていた(1905.1.9)
・国際的に、帝政ロシアは、とても嫌われていた。
・米国が、うまいこと、停戦調整をしてくれた。
こんなことがあったから、勝てたわけです。
だけど、このときから、我が国は、調子をコキ始めます。
日露戦争に至ってしまったプロセス、日露戦争の遂行などについて、何ら、総括なんてしないわけです。
その結果、大正時代、昭和初期、転げ落ちていきます。
このあたりのことは、ここでも、頻繁に書かせてもらっているので割愛します。
そして、日露戦争の勝利から、ちょうど、40年後の1945年、
「太平洋戦争敗戦」
という形で、我が国は、
「破壊を伴う、どん底」
を迎えます。
我々の先祖が、明治時代、40年かけて、並々ならぬ苦労の末、築き上げた繁栄を、ちょうど40年かけて、ぶっ壊したわけです。
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そして、戦後復興が始まります。
ここでまた、我が国は、歴史上、奇跡的とも言える「大成長」をします。
これが、いわゆる、「高度成長期」
そして、我が国は、
「バブル景気」
という形で、またしても「大絶頂期」を迎えます。
若い方は、知らないかもしれないので、どんなものだったか説明すると、
・三菱地所さんが、2000億円で、ニューヨークの「ロックフェラーセンター」を買い付けた。(1989)
・山手線の内側の地価で、アメリカ全土の土地が買えた。
・ワンレン、ボディコンのオンナのヒトたちが、ジュリアナ東京で、毎晩、扇子をもって、"お立ち台"に上がって、踊りまくっていた。
・安田火災さん(現、損保ジャパンさん)が、ゴッホの"ひまわり"を、57億で買い付けた。(1987)
・F1、高級車ブーム(セルシオとか、シーマとか)
・私の現在の愛車、BMW3シリーズが、"六本木のカローラ"と揶揄された。
・大学生は、それはもう、好きなところに、就職ができた。(就職に苦労する、なんて、意味がわからないぜ)
・日経平均が、「38,915円!!!」をつけた。(1989)
と、こういう時代。
「1989年」
というのが、「大絶頂期」、「ピーク」と言えるでしょう。
1945年から、数えて、これも、やっぱり、「約40年後」ということになりますね。
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そして、1991年、バブル経済が崩壊しました。
それから、約20年たちました。
この20年、どんなものだったか。
・転落一直線。
・ずっと、就職難。
・日経平均は、とうとう、「7,000円台」にまで下落。
・デフレが続いている。
・家計貯蓄、収入が減り続ける。
・年寄りが増え続ける。
・子供は減り続ける。(私の世代の新成人は200万人、今年の"あっちゃん"たちは124万人)
・国の借金は増え続ける。
・年金支出が増え続ける。
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こんな感じ。
私なんて、バブル期に入社したから、1年目の冬のボーナスが一番多くて、それから、8年後、会社を辞めるまで、ボーナスは減り続けたもの。
社会人になってから、転げ落ちっぱなし。
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さて、何が言いたいか。
「40年周期説」からいうと、「転落」は、まだ、
「半分しかきていない」
のですよ。
あと半分、転げ落ち続ける。
そして、2030年頃、私が還暦を迎える頃、
「どん底」
を、迎えるわけです。
つまり、私の社会人生活は、最初から最後まで、転げ落ちて、そして、終わるわけです。
(そんなぁ、ひどいじゃないかぁー)
還暦を迎えたのち、這い上がり、80歳ぐらいになったら、だんだん景気がよくなり始め、100歳頃、めでたく、「大絶頂期」を迎えるわけです。
(生きてんのかよ・・・)
長くなっちゃうから、続きは次回。
そんなわけで、今日の写真は、
「所信表明演説」
こんどう