新和環境について

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社長ブログ

ジャックポット。

新和環境は、今日から、「第37期」に入ります。

先日、テレビを見ていたら、ソフトバンクの孫さんが出ていて、おっしゃっていたのですが、

「30年間生き残る会社は、たった0.02%」

なんだそうです。

つまり、5000社に1社の割合。

私は、新和環境に入社して、まだ、10年ですが、弊社が5000社の中の1社っていうのは、とてもありがたいことだと思いますし、とても運が良かったことだと、しみじみと思います。

単純に、「がんばったから生き残れた」ということではないと思います。
我々よりも、もっとがんばっているのに、生き残れなかった会社もいっぱいあります。

考えてみれば、この10年だけでも、弊社も、関連会社を作ったり、潰したり・・・。
潰れていく会社の事業の受け皿になったり・・・。

4999社の中の、かなりの数の場面に、遭遇してもきました。

・・・・・・・・・・・・・・・

気を取り直しまして・・・今日から第37期に入ります。

弊社では、例年、12月の1ヶ月は、もっぱら、「新しい年度の計画策定」に取り組みます。

方針を示したり、目標を立てたり、目標を達成するためのアクションプランを立てたり、現状の問題点を掴んだり、それの解決策を立てたり・・・。

コレのデキがどうかで、新和環境の1年の運命は決まってしまいます。
とても大切な1ヶ月です。

世の中において、「がんばっているヒト」には、2種類の人種がいると、私は思います。

1つ目の「がんばっているヒト」は、上記のような作業がきちんとできて、目標に向かってPDCAのサイクルをまわせるヒト。

こういう方は、どんな商売をやっていても、しかるべき成功者になれるはずです。

もう1つの「がんばっているヒト」は、

「ひたすら雪かきをするヒト」

です。

みなさん、「雪かき」をした経験はありますか?

何とか通行できるようになるまで、ひたすら、雪をかく。

際限なく降ってくる雪に対して、文句一つ言わず、いつ終われるのかもわからない「雪かき」に、ただ、黙々と、ひたすら、ひたむきに取り組む・・・。

これが、「雪かき」です。

どんな職場では、「業務」という名の雪が、次々に降ってきます。

弊社には、際限なく降ってくる「業務」を、「雪かき」のように取り組む、

「雪かき型の、がんばっているヒト」

が、たくさんいます。

このようなタイプのヒトは、自分も、周囲のヒトも、ぱっと見、

「おー、よくがんばってるねー」

というように映るのですが、一方で、1年間の総括をするとき、

「今期1年、あなたは、どのような成果をあげましたか?」

と聞かれると、全く答えられない状況に陥ります。

目標もなく、計画もなく、達成基準も明確でない1年を過ごすと、当然ですが、そういうことになってしまいます。

もっと、怖いことは、10年間、「雪かき」を続けてしまうようなことがあるとすると、

「今の自分と、10年前の自分で、やっている仕事、仕事のスキルは、なんも変わらない」

というような状況に陥ります。

とても、恐ろしいことです。

サボっているヒトならば、自業自得ですから、放っておけばいいですが、

「がんばっているのに、そういうことになっちゃうヒト」

つまり、「雪かき型のがんばっているヒト」は、何とか、そういう世界から、私が救出してあげなければなりません。

とても気の毒なことですから。

とにかく、どんな商売をやっていても、目標設定をしたり、目標を達成するためのアクションプランを作ったり、PDCAのサイクルをまわしたりすることは、成功するビジネスマンとして、「絶対不可欠な能力」です。

少なくとも、冒頭に述べた「4999社」は、コレが機能していなかったはずです。

私自身が潰してしまった会社も、コレが機能していませんでした。

こんなに重要なことなのに、コレを的確にやれる人材は、弊社に限らず、現在の日本人には、非常に少ないように思います。

この続きは、また、改めまして・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・

今日の写真は、「ジャックポット」

沖縄の夜、やることがないので、ホテルの隣にあった北谷(「チャタン)ゲーセンで、メダルを500枚ほど「大人買い」して、遊んでいました。

メダルを「穴」に落とし、スロットがまわり、「何らかの基準」を達成すると、「ジャックポット」ということになるらしく、大量のメダルと、大量の「タマ」が落ちてきました。

興奮して、iphoneで撮ってしまいました。

よくわからないですが、2000枚以上のメダルがたまり、疲れたので、預けてきました。

メダルの保管期限は、来年の3月。

3時間ほど取り組み、メダルを2000枚以上獲得して、その結果として、私が得られたものは何か。

それは、

「名誉」

ということでしょうか。

なによりも、ありがたいことです。

こんどう

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セーラー服の女子高生たち。

先週末、所用で沖縄に出張しておりました。

せっかくなので、スケジュールを1日延ばして、同行者と一緒に、太平洋戦争における沖縄戦の戦跡をいくつか訪問してきました。

もっと、たくさん、行きたかったのですが、時間があまりなくて、「ひめゆりの塔」、「平和祈念資料館」、「旧海軍司令部壕」の3箇所に行きました。

私は3つとも、過去に何度か訪れています。

その中でも、「ひめゆりの塔」について、過去とは異なり、少なからず「特別な感慨」にひたることになりました。
そのあたりをちょっと、書かせていただこうと思います。

前回、「ひめゆりの塔」を訪れたのは、10年ちょっと前のことです。

当時の私と、今の私とでは、以下の2点の「決定的な違い」があります。

①今は、山岡荘八の「小説太平洋戦争(全9巻)」を始め、大量の、太平洋戦争に関する本を読み、相当な知識をもっていること。

②今は、自分の娘が、毎日、セーラー服を着て、登校していること。

正直なところ、当時の私は、「ひめゆりの塔」を訪れた際、「あってはならない悲惨な出来事」であるという感想はもちろんもちましたが、それ以上のものはありませんでした。

しかしながら、今回は、まず、太平洋戦争がどのようなプロセスを経て勃発したのか、太平洋戦争の終盤、どのような状況で一般住民を巻き込んだ「沖縄戦」に突入したか、その戦局、その結果がどんなものだったか、これらを正確に知った上できていますので、北谷(ちゃたん)のホテルから、レンタカーで「ひめゆりの塔」に向かう道中、沖縄戦の状況をリアルに想像することができました。

北谷の海岸は、嘉手納飛行場と普天間飛行場の間ぐらいの位置にあり、ちょうど、ここから、スプルーアンス大将率いる1300隻の艦船とともにやってきた兵力55万人の連合軍が、上陸した地点です。

連合軍は、ひょろ長い沖縄島の、このあたりを西海岸から東海岸に分断し、数日で北部を占領し、日本軍が抵抗する南部の制圧を開始します。

日本軍(32軍)は、現在の首里城付近に司令部を設け、抵抗し、そこが陥落すると、沖縄島の最南部の「摩文仁」という場所に敗走して、最後の抵抗を、玉砕しました。

摩文仁の「その場所」には、現在、平和祈念公園があります。

よって、北谷から、摩文仁までの「ドライブコース」は、65年前、3ヶ月に渡って、連合軍と戦い、敗走したコースに当たります。

制空権、制海権を完全に連合軍に取られ、圧倒的な兵数、火力に対し、日本軍は、タマの出ない銃剣や竹槍で、「切り込み夜襲」で応戦します。

まともな勝負になるはずがありません。

ドライブしていると、そのあたりを、傷ついた兵隊さんを、手当てしながら、肩を貸しながら、ゾロゾロと敗走している「女子高生」の姿が目に浮かびます。

ドライブコースの、平和祈念公園に向かう途中に、「ひめゆりの塔」があります。

ここは、その「女子高生」、つまり、看護要員として従軍していた「沖縄県立第一高等女学校」の女の子たちが、壕に籠もっているところ、連合軍に手榴弾を投げ込まれ、ほとんどの方が死んでしまった場所です。

そのときの生存者が中心となって、その後、懸命な努力で、現在の「ひめゆりの塔」ならびに「ひめゆり平和祈念資料館」ができました。

この「資料館」の展示がとても素晴らしいです。

生存者の方が、プロデュースに参加していることもあり、「何を後世に伝えなければならないか」が熟慮され、構成されています。

1枚目の展示パネルは、あどけないセーラー服のお嬢さんたちの「全校集会」の写真。
今で言うところの、中1から高2の子たちが、皇居の方角を向かって、朝の拝礼をしている写真です。

「県立第一」という校名が示すとおり、全県から厳しい難関を突破して集結した才女たち。
入学したときは、大きな夢や希望をもっていたことでしょう。

この写真。

私の娘(中2)のセーラー服姿を、この写真と重ね合わせると、ちょうどきれいに重なり合ってしまうのです。

特別な感慨。

1枚目のパネルから、最後のパネルまで、うまく言えないですが、大変なものでした。

ちなみに、今回の同行者も、娘さんがおられ、やはり、「1枚目」から特別な感慨にひたっておられました。

・・・・・・・・・・・

今日の写真は、そのときの写真。

同行者にiphoneで撮ってもらいました。

献花をしているところです。

この子たちの分まで、ベストを尽くして生きないと。

こんどう

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「おばちゃん」の悲鳴。

柳田法務大臣。(もう、柳田前法務大臣)

辞任されましたね。
どうせ、辞めることになるのだったら、もっと早く、辞めるなり、辞めさせるなり、すればよかったのに。

政治の世界にいると、見通し感覚が、世間一般とは、少しズレてしまうものなのでしょうかね。

柳田前法務大臣が、地元の後援者の前でしゃべっている「例の演説」。

私もテレビで、何度か見ましたが、あの方は、何の目的・意図で、あんなことをしゃべったのでしょうか。

みなさんも、同じように思っていると思いますが、あれは、完全に、「笑い」を狙ったのでしょうね。

「笑い」を狙ったということは、少なくとも、柳田前法務大臣においては、

①自分は、きちんと職責を果たしている。
②自分が、きちんと、職責を果たしていると、きっと、みんなは、わかっている。

以上2点の「認識」があり、それを前提として、しゃべったのでしょう。

(だけど、全然、ウケなかった・・・)

たとえば、石原都知事が、仮に、定例記者会見などで、例の調子で、

・都知事なんて、簡単だよ。誰でもできるよ。
・誰か、ハンコ預けるから、やってみるか?

なんていう具合に、毒をはいても、おそらく、何の問題にもならないのでしょう。
「都民を冒涜している!」なんてことにはならんでしょう。
本気で、そんなことを思っているわけがないと、わかるし、ユーモアなんだろうなと、思ったりするでしょう。

「笑い」を狙うという行為は、私は、少なからず「危険を伴う行為」だと考えています。

「笑い」は、「無礼」と「笑い」の境界線上に存在することが多いし、「笑い」と引き替えに、少なからず、「他人や自分が傷つく」ということもあろうかと思います。

「笑い」を狙う人物には、「しかるべき人徳」が不可欠です。
「人徳」があればあるほど、「より危険な領域にある笑い」を狙うことができます。
そういう「笑い」にこそ、えてして、「爆笑」があったりするものです。

また、「笑い」を狙う場面においては、「笑いを笑い飛ばせる人間関係」が不可欠です。

柳田前法務大臣も、居酒屋などで、仲間とそんな話をしている分には、全然問題なかったのでしょうが、迂闊だったのは、全国民に発信されるカメラの前で発してしまったことでしょう。
全国民が、柳田前法務大臣の「人徳」を知らないし、「笑いを笑い飛ばせる人間関係」を構築しているわけではありません。

不注意だったのでしょう。

私も、以前、申し上げた通り、「笑い」に拘って生きています。

そして、また、やっかいなことに、若輩者にもかかわらず、

「危険なところに咲いている笑いの花」

を、掴みに行ってしまうことがあります。

そして、しくじって、すべって、「他人や自分を傷つけただけ」ということも、人生において、何度となく、あったと思います。

世の中における「失言」、とりわけ、政治家さんの「失言」の多くは、この、「危険な笑い狙い」が原因ではないでしょうか?

「笑い」と「無礼」の「ギリギリの境界線」を見極める能力。

政治家さんにはもちろんのこと、我々経営者もそうだし、全社会人にとって、成功するか否か、命運を左右する能力なのだと思います。

一方で重要なことは、「全く、リスクをとらず、みんなに笑いを提供しない」というようなことだと、世の中の役に立てないし、みんなを幸せにすることができないと私は思っています。

とても、難しいことです。

・・・・・・・・・・

ちょっと話は変わりますが、私が中学生のとき、バスケ部の夏合宿で、山中湖に行ったときの話で、今回の話題に通じる話があります。

私の中学の部活の夏合宿には、「生徒の母親」が、世話係として、合宿に同行するのが通例で、私の母も同行していました。

ある日の夜、複数の「おばちゃん」の悲鳴が、宿舎のどこかから、発せられました。
(女子中学生ではなく、「おばちゃん」の悲鳴であることが、私には、容易に判別できました)

慌てて飛んでいくと、女子のお風呂の外で、ゴツい兄ちゃん(某高校のアメフト部)が、誰かに、羽交い締めにされて、

「あなたは、自分のやったことに、責任が取れないんですかーーー!!!」

と、怒鳴られています。兄ちゃんは、

「スミマセン、スミマセン・・・」とうなだれているだけ。

どうやら、「女子中学生の入浴シーン」を覗こうと思って奮闘していたところ、運悪く、「おばちゃんの入浴シーン」を覗いてしまい、めまいを起こしているところを、「おばちゃん」に見つかり、この世のモノとは思えないような悲鳴をあげられ、誰かに拘束された、ということらしいです。

ことわざで言うと、「踏んだり蹴ったり」、ということになりましょうか。

覗くのだったら、しかるべき「人徳」と、「それを笑い飛ばせる人間関係」が必要だったということでしょう。

(私の母は、覗かれて、まんざらでもなかったようですが・・・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日の写真は、「白山ラーメン」

こないだ、何かの帰りに、食べて帰ろうと思って、巣鴨駅でタクシーのおじさんに、「白山ラーメンお願いします」って言ったら、「なくなったよ」と言われてしまいました。

あんなに流行っているラーメン屋がなくなるわけないでしょ、って言ったら、「他の場所に移ったらしいよ」とのこと。

慌てて、iphoneで調べたら、確かに、先日、「板橋」に移転したとあります。

そんなわけで「白山ラーメン」

場所は板橋でも「白山ラーメン」

味は全く同じ。

前の店では、「道ばた」で、しゃがみこんで食べたのですが、新しい店は、店内で、イスに座って、食べられます。

でも、どっちが、いいのでしょうね。前の、しんどい、シチュエーションも、あれはあれで、風情がありましたが・・・。

こんどう

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アポなし来訪。

先日、あるメガバンクの支店長さんが当社にお見えになり、いろいろと「ありがたいお話」をお聞きしました。

今の仕事をしていて、とてもありがたいと思えるのは、いろいろな銀行の支店長さんと、世間話をさせていただける機会がとても多いことです。

取引の多い銀行の支店長さんは、「アポなし」で、2ヶ月に1度ほど、それこそ、「ふらっ」とお見えになります。

不思議なことに、社内にいないことも多い私ですが、そういう支店長さんたちと、かなりの確率で、お会いすることができます。
私が留守でお会いできず、私のデスクに、名刺が置かれているようなケースは、本当に、わずかです。

私がいる確率の高いタイミングを、統計的に推測してお越しいただいているのではないか、と、思えたりもします。

いずれにしましても、大変、ありがたいことです。

お越しいただいたときは、原則として、すべての業務よりも優先して、「お相手」させていただきます。

ついつい、話し込んでしまい、少なくとも1時間程度、長いときは(ご迷惑かもしれませんが)2時間ぐらい、話し込んでしまうこともあります。

以前は、どちらかというと、お金を借りている我々が、試算表を持参して、銀行さんのお店を、しかるべき頻度で「表敬訪問」するケースが多かったと思いますが、最近は、おそらく、当社に限らず、「逆になってきている」ということだと思います。

逆とは、つまり、「支店長さん」による、「アポなし」来訪です。

支店長さんたちも、私も、決して、ヒマなわけではないのですが、ではなぜ、かなりの頻度で、こんなことをしているのか?

その目的、意図は、「貸し手の側」に立って見れば、わかります。

高度成長期、バブル経済崩壊前の、「古き良き時代」においては、銀行さんは、極端に言うと、「担保」さえあれば、誰にでもお金を貸してくれました。

ですから、当時の「優良企業」が、不動産投資をする、というと、そりゃ、もう、自動的に、融資がついたのでしょう。
だって、不動産は、放っておいたって、値上がりするんですから、心配なんて全くする必要がなかったわけです。

しかし、1990年代に入ると、不動産なんてものは、取得した瞬間から値が下がり始めるモノになってしまいましたので、

「不動産を大量に保有する会社=優良企業」

だったのが、

「不動産を大量に保有する会社=ヤバい会社」

に、一気にひっくり返ってしまったわけです。

よって、それ以降、銀行さんは、会社にお金を貸すときは、

「担保物件をもっている会社」

ではなく、

「ちゃんと、お金を返してくれる会社」

に、お金を貸さなければならなくなったわけです。

当たり前と言えば当たり前のことです。

今の仕事をしていて、いろいろな支店長さんと話をしているうちに、支店長さんたちが、どういう基準で、

「ちゃんとお金を返してくれる会社」

を「目利き」しているか、だいたいわかってきました。これは、概ね、共通していることです。

それは以下の通り。

①役職員が、きちんと、挨拶をできる会社
②経営者が、「いつでも」、「自分のことば」で、会社の「現状」と「今後の見通し」を話せる会社
③本業ではない「妙な投資」をしない会社

概ね、この3点。

というか、この3点が「すべて」かもしれません。

決算書や試算表を見なくても、取引先の会社を電撃訪問して、その会社の様子をみて、経営者と話をすれば、お金を貸していい会社かどうか、判断できるのだと思います。

もっとも、そもそも論ですが、この3点がしっかりできている会社が、儲かっていないわけないし、人様からお借りした借金を踏み倒したりするわけがないでしょう。

つまり、この、「支店長さん」による、「アポなし」来訪は、貸し手の銀行と、借り手の会社との間において、

「これ以上重要なことがないくらい、重要なこと」

な、わけです。

(試算表をもって、こちらから参上して、支店長さんと面会させていただいても、あまり意味がないことなわけです)

ですから、前述の通り、「原則として、あらゆる業務より優先して」対応させていただいていますし、難しいことですが、「アポなし来訪」のときに、会社にいるようにしなければなりません。(そんなムチャな・・・)

逆に言うと、当社のような、銀行さんの力をお借りして、成長しなければならない会社の経営者は、このようなことができないと務まらんということになります。

お茶一杯(長いときは、さらに、途中でコーヒー一杯)で、1時間、ないし、2時間、世間話をしつつ、「当社の現状と、今後の見通し」を話す。

私が担っている仕事の中で、最も、難易度の高い仕事だと思っています。

なにしろ、常に、考えていなければ、ならないわけですから。

・・・

あっ。

今回、お聞きした、「ありがたいお話」について、書かせていただこうかと思ったのですが、前段が長くなってしまいましたので、また、別の機会にさせていただきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日の写真は、よく出てくる「保険屋」と「税理士」

決算月に、うまいこと、節税商品を売りつけ、「満面の笑み」をうかべております。

私も、経営者をやるまで、知らなかったのですが、「保険屋」と「税理士」の収益の大半は、「コレ」のようですね。

(おかしくねーか?)

こんどう

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ラ行変格活用。

いやー、実にめでたい。

もちろん、女子バレーのことです。

おそらく、さすがに、ロシアと当たっていたら、全然かなわなかったとは思いますが、アメリカに勝ち、ブラジルにも惜しいところまで行きましたね。
(ブラジル戦、最終セットは、さすがに、力量差が出てしまいましたが・・・)

今回、試合をみていて気になったのは、真鍋監督が持っている「iPad」

元全日本の「セッター」だった方ですから、いろいろとデータを分析して、作戦を立てて、逐一、指示を出していたんですかね?
(でも、タイムアウトの会話で、マイクが拾うものは、ほとんど、集中して行こう!集中して!みたいなものばっかりだったりだった気がしますが・・・)

実は私。何度も申し上げている通り、「バスケ部」だったのですが、高校時代、よく、バレー部の手伝いをしていました。

男子のバレー部って、ほとんどの学校で、非常に切ない存在です。

だいたいにおいて、運動能力の高いヒトは、サッカー部などに取られてしまい、なかなかバレー部にはまわってきません。

1学年で、「6人揃える」ことも、ままならないことが多いのではないでしょうか。

いろんなヒトに聞いてみると、

「そういえば、ウチのバレー部、物理部と練習試合して負けてた・・・」

みたいな話が、あるわあるわ。かわいそうな世の中の男子バレー部。

まあ、それはさておき、私の高校時代の「バレー部のお手伝い」の話。

私の学年には、バレー部は、たった1人。セッターだけ。

セッターだけでは、どうにもなりません。試合ができません。
よって、いろいろな部活から、「助っ人」が入ることになります。

そこで、野球部のエースが、エースのウイングスパイカー(今回の女子バレーで言うと、さおりんの位置)に入り、私がその対角(今回の女子バレーで言うと、江畑さんの位置)に入ります。

それから、生徒会長(テニス部)が、異様にレシーブが得意だったので、当時は「リベロ(佐野さん)」というポジションがなかったですが、そいつがひたすら、レシーブをがんばっていました。

生徒会長がレシーブし、唯一のバレー部のセッターがトスを上げ、私がBクイックのタイミングで飛び、相手のブロックがこなければそこでスパイクし、ブロックに飛ばれちゃったら、うしろにいる「野球部のエース」に上げ、バックアタックをする。
そんな練習を繰り返していました。

私はレシーブが全然ダメなので、ひたすら、相手のサーブからは、素早く逃げて、生徒会長にお任せします。

いまだに、テレビでバレーボールの試合を見ていると、素早くサーブから逃げて、Bクイックのタイミングでジャンプしたくなります。

Bクイックのタイミングで飛び、そこに、ストライクのトスがきて、パカっとスパイクを打ち込めたとき、ホントに気持ちの良いものです。

そんな私の高校のバレー部なのですが、運悪く、春高バレーの東京都予選の2回戦で、春高バレーの常連、「東亜学園」に当たってしまったことがあり、その試合に臨むに当たっての注意事項として、顧問の先生が、非常に滑舌のよい発声で、

「今日は、ブロックを飛んではいけません」
「突き指したら大変です」

と、真顔でおっしゃっていたのを思い出すと、いまだに笑えます。

そんな、あなた、ブロックしちゃダメって、そりゃ試合にならないし、思いっきりスパイクを打たれると、かえって、顔面にスパイクを喰らったりして危ないでしょ。

その顧問の先生、「古文」の先生で、

「ありおりっ!」
「あーりおりはべりー!」
「い・ま・そ・か・り。ムフっ」

と、滑舌よく、おかまっぽく、ハイテンションなしゃべり方(伝わりますかね・・・)をする先生で、おかげさまで、この年齢になっても、古文の、

「ラ行変格活用」

を忘れることがありません。

そんなわけで、「さおりん」のレシーブ技術の向上と、江畑さんの台頭をとても、喜ばしく思っている私でございました。

なんのこっちゃ・・・

・・・・・・・・

今日の写真は「エビオス錠」

会社の1瓶、自宅に1瓶置いて、食後に10錠ずつ、飲んでいます。

アサヒビールが出している胃腸薬で、主成分は「ビール酵母」

中年になり、特に、「腸」が弱っている自覚症状があるので、試してみることにしました。

そういえば、元ラーメン屋の「おのっち」が、

「いろんな意味で、調子がよくなります」

と、意味がよくわからないけど、薦めていました。

(そういえば、そのラーメン屋の麺には、ビール酵母が加えられていました)

こんどう

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笑いの共有。

当社の経営者に着任して以来、毎年、確実に、11月になると、忙しくなり始めます。

そして、12月21日(創立記念日で、賞与支給日で、年度総括日)に向かって、着実に忙しさが増していきます。

師(先生)も走る、と書いて、師走。

世の中全般が忙しいとされる12月ですが、それに加えて、「11月決算」が、当社の年末の忙しさを尋常じゃないものにします。

しかし、私の単なる「勘違い」かもしれませんが、この時期、当社の役職員は、「活き活きしている」ような気がします。

この時期に、「会社、辞めたいんですが・・・」という話を聞くことは少ないような気がします。
(この種類の話は、ヒマなときに多いように思います)

まあ、そうは言っても、バタバタしていると、気持ちが荒んでくるものですので、迷惑かもしれませんが、事務所内をまわって、若い従業員の諸君に、努めて声をかけたり、様子をみたりするようにしています。
(中には、瞳孔が開きかけているような諸君もいますので・・・大げさな・・・)

ところで、みなさまは、人生にとって、一番大切な「要素」は、何でしょうか?
ヒトそれぞれだとは思います。

私の場合、即答できますが、

「笑い」です。

いつか、この世を去っていくとき、「よく笑ったなー」と思えれば、幸せな人生だったと考えて、問題ないのではないでしょうか。

ですから、人生の中で、かなりの時間を過ごす「職場」でも、「笑い」は絶対に必要な要素であると思っています。

社内の会議でも、社外の会合でも、「笑いを探す」という努力を忘れないようにしています。
笑いが一つもない時間など、イヤじゃないですか?

私は、笑いさえあれば、どんなに忙しくても、全然平気です。

社内では、いやらしい言い方かもしれませんが、「立場が立場」だということもあり、無理なことかもしれませんが、できれば、同じ釜のメシを喰っているみなさんとは、これからの時期のように、忙しい最中にあっても、一緒に笑い転げていたいと思っています。

少々、話は変わりますが、ビジネス上の人間関係における「笑い」で、私がとても拘っているのは、取引先(仕入先、協力会社など)のみなさんとの間での「笑いの共有」です。

私は以前、ゼネコンに勤めておりました。
したがって、それこそ新入社員のときから、「監督さん・お客さん・発注者・お金を払うヒト」の立場になってしまうので、「勘違い」して、協力会社のみなさんに対して、少なからず「失敬な態度」をとってしまっていました。

今は、スタバでカプチーノを注文するときも、できる限り、「かわいいお客」のふるまいを徹底するようにしています。

というのも、「サービスを受ける」ときであっても、「かわいいお客」であった方が、「よりハイレベルなサービスを受けられる」と思われるので、結果として、間違いなく、得なんだろうと思います。

サービスする側も「ヒト」ですから、そりゃそうでしょう。
「かわいいお客」に、「よりハイレベルなサービス」を提供して、気分がいいでしょうから、お互いにハッピーになれます。

同じような考えで、私は、当社の仕入先、協力会社のみなさんに対して、「かわいいお客」であることを常に心がけています。

ここで、とても重要なことが、「笑いの共有」です。

当社にとって、重要な仕入先の方々を、ことごとく、「当社の笑いの和」の中に、引きずり込みます。

保険屋さん、税理士さん、プラント屋さん、部品屋さん、クルマ屋さん・・・などなど、気が付くと、この方々が、「チーム新和」として一体になり、あたかも、「当社のヒト」のように、がんばってくれるようになります。

「どんなに条件が厳しくても」、何とか、当社のために、やってくれるようになります。
大変、ありがたいことです。

「笑い」もさることながら、当社では、原則として、

「仕入先、協力会社のみなさんに、おごってもらうこと」

を厳禁しています。

だって、「ゴチ」になってしまったら、「厳しい条件」でお願いできなくなってしまうでしょ。

あっ。

手の内がバレてしまいます。

楽しく笑って、ゴハンをお出しして、私を好きになっていただいて、そして、

「限界を超えた領域で、製品なり、技術なり、サービスなりの提供を受ける」

みなさん、いつも、本当に、ありがとうございます。
これからも、何卒、よろしくお願い申し上げます。

(笑っている間に、私の術中に陥っていましたね。ははは・・・)

・・・・・・・・・・

今日の写真は、「サントリー 山崎 シェリーカスク 2010」

フルーティーで、赤みが強い濃厚な色合いが特徴です。

普段、ウイスキーを飲まないヒトでも、きっと、これのソーダ割りは、「おいしい」と感じるはずです。

背景のオトコは、久々の登場、

「ホモじゃないのに、なぜかホモに見られてしまうオトコ」

また、当社の保険料が安くなりそうで、うれしくて仕方がありません。

こんどう

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三国志演義(井波律子訳)

今日は写真から。

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この本は、先日、「ヤフオク」で落札したものです。

出品者から宅急便で届けられました。

ヤフオクでは、私と、「もう一人の方」とが、オークション終了時刻直前まで、激しく競い合い、私が執念で勝ちました。

ちなみに、私は、普段、ヤフオクを利用することは、ほとんど、ありません。

したがって、結構、ドキドキしました。

執念で勝ち取ったものは、ちくま文庫が出している「三国志演義(井波律子訳)」の「2巻」

定価945円(税込み)

そして、私が落札した金額は、2100円。


なにそれ?って思いませんか?

実は、この本。出版元の「筑摩書店」のネット販売でも、「在庫ナシ」で購入することができません。
しかも、「絶版」です。

Amazonで調べてみたら、やはり、「新品」は在庫なし。
その代わりに、Amazonに、8件の出品者から、3000円前後で、「中古本」が出品されています。

ちなみに、この三国志演義。全8巻なのですが、「2巻」以外は、普通に購入することができます。
私も既に、この「2巻」以外の7冊は、入手してあります。

そんなこともあって、今回の「ヤフオク」では、Amazonでの「3000円」以下であれば、とことん勝負するつもりだったわけです。

2100円。絶版にしている筑摩書店には、頭にきますが、状況からすると仕方がありません。

ちなみに、この、第2巻。ストーリーとしては、「夏候惇が、矢が刺さった自分の目玉を引き抜き、食べちゃう」シーンとか、「呂布の最期」の場面とか、そして後半は、三国志演義の最初の山場、曹操軍と袁紹軍による「官渡決戦」です。

ストーリーを知っているなら、2100円も出して、読むことないでしょ?と思われるかもしれないのですが、そうもいかないのです。

実は私、まだ、三国志演義の「原典」を読んだことがないのです。

読んだことがあるのは、横山光輝さんの「マンガ」、吉川英治さんの「小説」、その他は、図説とか図鑑とかの類です。(うじゃうじゃあります)

私の三国志の「総仕上げ」として、この、京都大学出身の井波律子先生の訳による「三国志演義」をどうしても読みたいわけです。
(ちゃんとしたヤツが)

横山光輝さんのマンガの場合、劉備や諸葛孔明を中心に描いているので、前述の「官渡決戦」は、劉備軍にあんまり関係ないので、省略されてしまっています。

また、吉川英治さんの小説では、日中国交回復前に書かれていて、資料不足だったせいか、もしくは、あまりにも長編だったせいか、かなり、辻褄の合わないことが乱発します。
かわいそうに、「張郃(ちょうこう)」という、劉備・諸葛孔明からみて「敵方」の武将(敵ながら、なかなかシブい働きをする人物です)なんかは、汝南で関羽に青龍偃月刀で切り殺され、長坂で趙雲に切り殺され、最後に木門道で魏延軍に矢で射殺されます。

つまり、「3回」、死にます。
つまり、「2回」、生き返ります。

メチャクチャです。

そんなわけで、とにかく、「ちゃんとしたやつ」を、通読しておきたかったわけです。

それにしても、インターネット社会とは、おそろしいものです。

こんな、ニッチな、「ちくま文庫の三国志演義(井波律子訳)の2巻が絶版である」というちっぽけな情報を全人類が共有し、あっという間に、それの「中古本」の価値を引き上げてしまう。

昔だったら、「絶版」になったら、神保町の古書店街を歩き回り、必死に探しまわる必要はあったのでしょうが、おそらく、3000円とか、そんな値段にはならなかったのではないかと思います。

それにしても、「レッドクリフ」以降、三国志ブームは、まだ、少しは続いているのですから、絶版は勘弁ほしいものです。

こんどう

お多幸。

ここのところ、「息子と2人で留守番」というシチュエーションが、何度か、ありました。

家の中で、一昼夜、オヤジと息子の2人だけ。

しかも、お互いに、ほとんど「家事」ができない・・・。

このシチュエーションは、なかなか大変、というか、少なからず、「哀れ」な空気が漂います。
「哀れ」といっても、「絶望感」というよりは、どちらかというと、「コミカルな感じ」ではありますが。

土曜日の夜、仕事から帰ると、いつもとは違う静かな自宅に、息子が1人でいて、とりあえず、「なんか、喰いに行くか?」ってことになり、浦和駅の近くの、「海鮮焼き」の店に行くことにしました。

私も、普段、特に、この会社にきてからのこの10年、ろくすっぽ休まずに、仕事ばかりの日々でして、10年前、保育園に通っていた長男が、気が付いたら、高校生になっていました。

お店に向かう道中、横を歩いている長男をみていたら、知らない間に、175cmぐらいになっていて、もうすぐ抜かれるか、もしくは、私がギリギリ逃げ切れるか、というような感じになっていました。

「海鮮焼き」の店で、蛤(はまぐり)やイカやサンマなどを目の前で、自分で焼いて食べるのですが、まわりのお客さまは、お酒を飲みながら、海産物を焼きながら、ガヤガヤと盛り上がっているわけですが、私と息子は、というと、これが、まあ、普段、育児をさぼってきたせいか、ぽつん、ぽつんと、「会話のカケラ」のようなものをお互いに発しているような状況でして・・・。

会話というか、どんな質疑応答をしたか、というと、

・理系に行くの?
・物理、落ちこぼれてない?(私は苦手だったものですから・・・)
・蛤(はまぐり)うまい?
・学校の仲間は、酒飲まないの?
・ホントに飲まないの?
・帰りにドーナツ買って帰る?
・ホタテも焼く?
・・・

まあ、そんなところです。ちなみに、「応答」の方は、すべて、「うん」です。

この年頃の息子とオヤジなんて、一般論として、そんなものかとは思います。
私などは、この年頃のとき、「オヤジと出かける」ということ自体、徹底的に避けていたように記憶しています。
オヤジについてくるだけでも、ありがたい話です。

そんな、息子を通して、イマドキの高校生の様子を観察してみると、「団塊ジュニア世代」の私のころと比べると、明らかに、「よい子たち」になってきていると思います。

たとえば、私が高校生の頃、少なくとも「私のトモダチの大半」は、合コンをはじめとする、いわゆる「コンパ」で、お酒を飲んでいたように記憶しています。主に吉祥寺が、そのエリアでした。
それが、「普通」だったと記憶しています。

私自身は、というと、そういう種類の場に「いた」ことまでは記憶しているのですが、そこでお酒を飲んだかどうか、それが「合コン」だったかどうか、など、問題になるようなことについては、遺憾ながら、全く思い出すことができません。

酒豪の、「私の母」にも、若かりし頃の話を聞いたことがあるのですが、やはり、私と似たような状況だったようです。
(もう少し、激しくやっていたようです。もちろん、私の母のトモダチの話です)

それらと比較し、今の高校生は、圧倒的に、「酒を飲んで暴れる」というような「悪い子」の数が圧倒的に減っているようです。

焼けたイカを食べながら、ジンジャーエールを飲んでいる息子を見ていると、やっぱり、このビジュアルで生ビールを飲んでいると、ちょっと問題になりそうな雰囲気があります。

それから数日後、また、「2人で夕食」という機会が訪れたので、今度は、おでん屋の「お多幸」に行くことにしました。

これも浦和駅の近くにあるのですが、銀座界隈にある、あの「お多幸」のチェーン店だと思います。
(味の濃い、あのおでんと、同じビジュアル、同じ味でしたから)

おでんと、刺身を頼んだ後、「馬刺し食べる?」って聞いたら、食べるというので、それも一つ頼んでみました。

我々オッサンにとっては、「馬刺し」など、さほど珍しいものではありませんが、居酒屋に行かない「イマドキの高校生」には、そんなものを食べる機会もないらしく、どうやら、始めて食べるとのことでした。

ウーロン茶をすすりながら、「馬刺し」を食べていましたが、ビール飲みたくならないのかな?と思ったりしました。

今日は、なんだか、小学生の作文みたいなものになってしまい、失礼致しました。

以上、なんてことない話ではあるのですが、しかしながら、私は、まだ、ギリギリ30代なのですが、「私に、高校生の息子がいる」、というと、晩婚化が進んでいる昨今は特に、結構、ビックリされたりします。

仕事では、少なからず、冷酷なイメージを持たれてしまうこともある私ですが、家に帰れば、普通のオヤジであることを、みなさん、お知りおき下さい。

・・・・・・・・・

今日の写真は、2回目の登場、配車当番の青年。

今日は、日曜日の暗い事務所に、この青年と2人だけ。

「こっちを向いて、笑いなさい」と言うと、忠実にその「命令」にしたがってニッコリ。

その笑顔なら、スタバの店員さんがつとまるよ。(いいね、若々しくて)

でも、「仕事」は、笑っていればすむとは思うなよ。

こんどう

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面接の達人。

ズームイン」を見ていたら、池上彰先生が、学生を集めて、「就職活動の面接の指導」をしていました。

私も、この5年ぐらい、毎年、50人~100人ぐらいの学生さんとの面接をさせていただくのですが、今日の池上先生のお話は、ホントにナルホドと共感できることばかりでした。
この先生のお話は、ホントに、おもしろいです。
いつも、聞き入ってしまいます。

学生さんが、池上先生と西尾さん(私も西尾さんに面接してもらいたいです)との「模擬面接」をするのですが、以下の「ダメ出し」をされていました。

①「ボク」と言ってしまう。
②「めちゃめちゃ」とか、「ぶっちゃけ」とか、「・・・いうじゃないっすかー」とかいう類の、いわゆる「タメ語」を使ってしまう。
③語尾を曖昧にして、しゃべってしまう。
④「バイト経験」、「サークル経験」を2本柱として、自己PRと志望動機を組み立てる。

こんな感じです。
①~③は、訓練してがんばってもらうことにするにせよ、やっかいなのは④です。

昨年度の採用のときにも、ここで書かせていただいたのですが、私は面接のとき、「バイト」と「サークル」の話は、こちらからは質問しません。
しかしながら、何も言わなくても、学生の皆さんから話してくれます。

池上先生もおっしゃっていたのですが、企業の採用担当者が、学生さんから「聞きたい話」の中で、「バイト経験」、「サークル経験」は、なんと、「23位」と「24位」だそうです。

「バイト」と「サークル」は、「聞かない」というのは、私に限った話ではなく、採用する側は、概ね、同じ認識のようです。

しかしながら、学生さんの方は、「バイト」、「サークル」が強力2本柱。
どうやら、双方に、決定的な「ミスマッチ」があるようです。
誤解を恐れずに申し上げますが、我々大人が、学生さんの「バイト」や「サークル」の話を聞いて、感銘を受けることは、まず、ありません。

それにしても、いつから、「就職活動」が、「バイト」と「サークル」ばかりになってしまったのでしょうか。

おそらく、私の両親の世代、いわゆる「団塊の世代」の皆様が、世の中に出た頃、つまり、高度成長期の就職活動においては、こんな状況ではなかったと思います。
おそらく、どんな勉強をしてきたか、どんな人物か、このあたりを、採用する側と応募する側が、粛々と淡々と、オーソドックスに、議論していたのではなかろうかと思います。
就職活動なんて、そんなもんなんだろうと思います。

それでは、「バブル期」に就職活動をした私のころはどうだったか?

そうです。

もう、そりゃ、「バイト」と「サークル」の話ばかり。

なぜかというと、中谷彰宏さんの「面接の達人」という本に、

「面接で話すべきことは、自分だけの、具体的なエピソードを用いて、自己PRをして、志望動機を述べることである」

というようなことが書いてあったからです。

その当時の就職活動中の学生は、大げさではなく、みーんな、読んでいたのではないでしょうか。

私も読みました。もう、隅から隅まで。

ですから、どこで、どんな質問をされても、

「自分だけの、具体的なエピソードを用いて、自己PRをして、志望動機を述べること」

ができるように、準備をしていました。

しかしですね。こんなもんを用意していても、そんなこと、どこの会社でも聞かれません。おかしいなーと思っていました。

私は、おそらく、「ミスマッチ」のルーツは、この「面接の達人」ではないかと推測しています。

これ以降、就職活動の「手ほどき」は、この本に書かれている理論をベースにして、取り組まれてきたのだろうと思います。

私などは、大学時代、ろくすっぽ勉強なんかしていません。
具体的に、「やっていたこと」は、「バイト」と「競馬」だけ。

大学生が、「競馬」というわけにもいかないですから、残るは「バイト」だけ。

現代の大学生も、「勉強」を除くと、「バイト」と「サークル」だけ。

そして、面接で、「バイトとサークルのエピソードを用いて、自己PRをして、志望動機を述べる」という、すべての学生さんが、同じ話をするようになったのでしょう。

私が面接において、どんなことを考えているかについては、また、後日、お話致します。
(今日、池上先生がお話していたことと、ほとんど同じです)

ちなみに、私が、面接の達人で、「へえ~」と思ったのは、以下の2点

①短所は、長所とセットで述べる。

 ex)長所:女にモテることです。
   短所:女にモテ過ぎることです。

 →短所を聞かれて、ホントに短所を述べてはいけないんですって。

②(サークルなどの)「副部長」は禁句。

 →部長はいいけど、「副部長」は、むしろ、マイナスになるんですって。

それが正しいとか正しくないとかは別にして・・・。

・・・・・・・・・・・・

今日の写真は、ちょっと古いですが、札幌駅の電光掲示板。

札幌から、旭川(旭山動物園じゃないですよ)に電車で移動するときに、撮ったものです。

私が乗ろうとしている「旭川行き」の次は、なんと、「上野行き」

全然、距離も方角も違う感じがして、不思議な感じがしたので、撮ってみました。

まあ、なんてことないのですが。

こんどう

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本日のファンタジスタ。

昨日、「読者」から、早速、

「いろんな部署、いろんな担当顧客、いろんな条件がある中で、しかるべき成果評価、しかるべき賞与算定ができるものなのですか?」

との問い合わせがありました。

お答えしましょう。

「しかるべき」という連体修飾語的連語が、

「客観的に見て、概ね、公平性、合理性をもっている状態」

を示すとすれば、それは、「可能」です。

しかしながら、それが、

「全員が納得している状態」

を示すとすれば、それは、絶対に不可能でしょう。

それでは、参考までに、「当社のやり方」をお話ししましょう。

そもそも、「12月のボーナス算定時期」になって、「どうしようか」なんて言っていたら、話になりません。
しかるべき成果評価、しかるべき賞与算定をするためには、話を「期首」から始めないといけません。

期首に「部門長」は、「経営方針」に基づき、私との間で、「部門の目標」を決めます。
「部門長の目標」は、「部門の目標」とイコールになります。

その下の社員は、上司との間で、「自分の目標」を決めます。

ここで決める「目標」に対する達成度が、「成果評価」、「賞与査定」の基軸になります。
しかしながら、「達成したか否か」だけでは、評価しません。
(このあたりは、後ほど、ご説明します)

当社では、基本的に、「目標」は、「普通にやっていたのでは絶対に届かない目標」を設定します。
グイっと、背伸びして、やっとこさ届く目標を設定します。

「ストレッチ目標」と呼んでいます。

ただ、本人が、「肉眼で見通せないようなゴール」を設定しても、無意味ですから、そういうレベルのモノにはしません。

また、私と部門長、上司と部下で、十分に話し合って、「お互いに納得できる」目標を設定します。
なにしろ、成果評価、賞与算定の「基軸」になるものですから。

目標設定に「正解」などありません。
重要なのは、この「納得感」です。

まとめると、当社の目標は、「ストレッチ・納得目標」を設定する、ということになります。

目標が決まると、次に、「目標を達成するためのアクションプラン」を立てます。

世の中には、「目標だけ掲げて」、「アクションプランを持ち合わせていない」というヒトは少なくないと思います。

「気合い」で達成しようとするヒト、「奇蹟を祈り続けるヒト」、そして、そういうめんどくさい思考が嫌いな「ファンタジスタ」

当社では、「アクションプランのない目標」というものは許されません。

目標を達成するためのアクションプランを作れない者には、部門長はやらせません。
(気合いや奇蹟では、絶対に達成できないですから)

「アクションプラン」ができたら、それぞれ、走り始めます。

ここで、重要なのは、「アクションプラン」なんてものは、「仮説に過ぎない」ということです。

それをやってみて、うまくいくときもあれば、うまくいかないときもあります。

そこで不可欠なのが、毎月のPDCA。

P計画する→Dやってみる→C成果を検証してみる→A計画を修正してやってみる・・・。

これが重要です。

まとめますと、当社の成果評価、賞与算定は、

①目標設定・アクションプラン作成がきちんとできたか。
②PDCAがきちんとまわせたか。
③目標が達成できたか。

この3つの側面を評価して決めます。

しかし、まあ、一般論として、①ができるヒトは、②ができます。その結果として、目標が達成される傾向は極めて強いわけです。

ですから、極論を言うと、賞与がもらえるかどうかなんて、期首に、ほとんど、決まってしまっていると言えます。

以上のこと、とても、「さわやか」に書いてみましたが、実際に、1年中、これをやり通すということは、楽しくもあり、苦しくもあります。

私などは、どこか麻痺してしまっているのか、こういうことをやる中で、「苦しみ」を感じることが、ほとんどありません。

ただ、全員が、「苦しくない」ということは、ないと思います。いろいろでしょう。

そろそろ、2012年4月の新卒採用活動を開始しますが、大学生のみなさん、参考にしてください。

・・・・・・・・・・

今日の写真は、「本日のファンタジスタ」

「ファンタジスタのオレが、なんで、行き先を管理されなければならねーのか?」

と、背中がブツブツ言っている感じがします。

こんどう

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